全合成やってる人の励みにでもなったらと思う回(JACS掲載おめでとう)
どうも伊予柑です。
ついにイギリスの研究成果がJACSに掲載されました!
長い時間がかかりましたが、無事に論文化できて本当に良かったです。
https://pubs.acs.org/doi/10.1021/jacs.1c12040
ぱちぱちぱち。
研究の内容はザクっと説明すると、海の海綿からとれた化学物質を新しい化学反応を駆使して市販されてる安ーい原料から化学合成したよ!ということです。
市販されている簡単なパーツから様々な化学反応をしていって、天然から作られる成分を造り上げることを全合成と言うのですが、全合成って本当にとても大変なんです。
ちょうど今大学は卒論、修論、博論の時期で、全合成研究に携わっている人は追い上げで全合成できるかどうかなんてバトっている人もいるかもしれませんね(いや流石にもうきついか)。
今日は全合成に一生懸命取り組んでいる人の少し共感が得られるような話を書こうかなって思います。
1、定期的になんで全合成やってるのかわからなくなる
隣の研究室であったり、同じ研究室でも反応開発と全合成の両方のプロジェクトをやっている研究室はあると思います。反応開発が一人年2~3くらいのペースで論文を出しているのに全合成やってる俺はいつ論文になるんだ。。。
僕もマダンガミンのプロジェクトをやっている時、あぁ、もう反応開発で出しちゃうか!?とか、うーん触媒反応と骨格構築で論文にしちゃうか!!!??とか、そういう考えは何度も頭を巡りました。しかし、それは乗り越えました。
二つ。
二つの考えがあったから。
一つ目は、「留学してJACS」と言う目標。
僕の大学院時代の研究室は、博士課程の学生はたいていAngew. Chem. Int. Edという化学分野であれば誰もが知っている高IF雑誌に論文を通しているラボだったのですが、しかしJACSはなかなか通らない!高嶺の花だったのです。
残念ながら僕は大学院でAngew. に論文を出すことができませんでしたが、これは相当に悔しかったのです。
Angew出すなら出身研究室でポスドクでもすれば出せるかもしれない。せっかく海外行くのだから、出身研究室でもなかなか出すのが難しいJACSになんとしても出そう。
そう思ったのでした。
もちろん教授からも留学してJACSくらい出さなきゃだめ!と念を押されていたので、そのために奮闘しました。
せっかく実現したイギリス留学、せっかく上手く行った鍵反応、JACS通すにゃ全合成しかない!
そう思って全合成達成するまで論文にすることはやめました。
二つ目。
全合成できなきゃアカデミックに残らない。
この分子、全合成できないようじゃ、僕がアカデミックに残って学生に何を教えれる。
すまん、俺はできないが、学生さん、お前はどうにかして俺の研究進めろよ、とでも言うのか。そんな痴態を晒すくらいなら、潔くアカデミックを去ろう!
そう思って全合成に取り組みました。
うーん。結構表現が難しいですが、途中で決して全合成を諦めたわけではなくて、いやもちろん帰国までにできるっしょと、全合成達成をちゃんと狙ってやっていましたよ。
結果コロナで最後の3ヶ月丸潰れ、帰国まで1週間で最後5ステップ、先端 9 mgという、かなり苦戦した状況になってしまったのですが、ただ、やり遂げました。
更に言えば、最後の最後で合成した天然物のNMRチャートを教授に見せて、それでとても気をよくしてくれて、めちゃくちゃ優秀な学生を最後の最適化につけてくれたので、イギリスの大変なコロナの状況でも1年半で論文化できたのです。
自分で全部やるよりも結局最後はトータルで見て良くなったと思うので、本当めでたしめでたし、なんです。
2、自分の腕が悪いんじゃないか
全合成やってると湧いてくるこの疑問。これはもうどこまでいってもついてくる。しかし考えてみてほしい。君がやってダメな反応は、他の人がやってもダメ。上手い人がやったらできる、みたいな、科学的再現性のない反応は、なかなか全合成で使いにくい。つまり、俺ができなけりゃ、その反応はだめだ(まぁ一部開き直り)。君ができないと思えば、その分子はできない。
信じよう。
(だけど、強塩基使う場合なんかは原料をエバポで3回トルエン共沸して、撹拌子を中に入れて真空ポンプでトルエン飛ばしてから溶媒入れて使うとか、そういうケアはきちんとした方が良いですよ!)
3、ここまで来たのにまた上手くいかない!
これ、結構絶望するんですよ。
僕もその時やってたルートの23ステップ目がどうにも上手く行かなくて、たくさん検討したけどほとんど複雑化してしまって最高収率が30%以下でした。更に少量のサンプルで挑戦したE環構築のWittigもno desired productで、この段階で少なくとも問題が二つあるキツさ。
※論文中のBocを脱保護して還元的アミノ化、続く酸化的ラクタム化の部分です。
(最初のルートはBocを外さずに、酸化的ラクタム化、Boc脱保護、アミドアルキル化で合成していましたが、どうにもアミドのアルキル化の収率がマズイ。ここまでくると湿気の影響も考えて50 mg スケールで塩基振りまくる、みたいなこともできないのでいよいよ詰んでました)
そしてその日は来ます。
先端がなくなった時はかなり絶望しました。
その時はとにかく最初に戻って量上げしながら、量あげ期間(約1ヶ月)ずーっとどうするか策を練ってました。
とうとう、先端までもうもち上がるっていう直前、もう先がない、このまま進んでもいよいよダメだと思った時、実験が止まって、朝は起きれなくて、ベッドでぼーっとしてました。
研究室は朝8時スタートなのに、その日は10時におきました。
普通なら急いでバスに乗って大学に行くのですが、何を思ったのか、大学まで5 kmの道を徒歩で行くことにしました。あの時はなぜそうしたのか、本当にわからないですが、とにかく歩いたのです。
そしたら、閃いたんです。文献で調べたとかではないです。
あれ、アミド化がだめなら最初からBoc外せば良いのでは。。。
結構シンプルかもしれないですが、歩いている最中(確かオックスフォードの新しい物理棟の手前らへんを歩いているときです)に頭の中で、アミンフリーで酸化してラクタムなんかできんのか?いやそもそもアミノジオールの極性大丈夫か?分液で水相にいくかもしれないからそこもケアしなきゃとか、もう頭の中で新しいルートの可能性が何周も巡りました。
到着すると無我夢中で実験をセットする直前で我に帰る。
ん。。。アミンフリーのアルコールの酸化ってあるの?
実験前に深呼吸してサイファインダーで調べました。
東北大岩渕研からAZADO、CuCl、bpy、DMAP、空気の条件が一例だけ報告されていました!
https://doi.org/10.1002/anie.201309634
本当にこれは奇跡と思いました。そして試薬は全て研究室にある(結構大事)。
早速、化合物をTFAで脱Bocして、同時に長鎖アルコールを酸化してアルデヒドにして、還元的アミノ化、はまずまずの収率で進行。
いよいよAZADO酸化を試すと。。。
反応形中は茶褐色から鮮やかな緑色になり、文献通り!
TLCを上げるとアミド化のルートで少量得られてくるものと同じRf値の生成物が!!!
もうもう本当にこれは感動的でした。(帰国した後岩渕研にはお礼に行きました)
その時の実験台のラクガキの写真を載せて、今回は終わりにします。
全合成の醍醐味っていうか、きつい部分なんかも共有して、全合成やってる人の少しでも励みになったらなと思います。以上。