Dr.ピペリジンのブログ

少年は思った、ドラッグストア でポテチ売りたいな。そんな気持ちで薬学に進学した人の後日談。お問い合わせも気軽にどうぞ。

これで君も大学1年からOutstanding!

 日本では新年度が始まりましたね。イギリスでは大学が始まるのは9月ごろですが、council tax(住民税)の1年の支払い開始は4月なんですよね。よく考えると新卒一括採用じゃなくて企業が欲しいときに欲しい求人を出してるから、日本のように学生も社会人も一年の始まりは4月!みんなで一緒にヨーイドン、な方が世界から見たら奇抜なのかもしれませんね。

 

2006年4月、思い返せば大学1年生だったあの時。

薬剤師免許とって博士号とってそれからオックスフォード大学の研究員になるまで、全ての始まりはここからでした。

 

新年度のスタートと言う事で、僕の大学のスタートを今更振り返って見ようと思います。

 

入学直前

第一、第二志望は落ちたけど、希望する薬学部への進学は決まっていたので、国立の二次試験が控えた同胞を横目に発売したばかりのモンハン2に興じておりました。

調子にのって図書館で薬草の本を開いたり、薬理成分を調べたりもしてました。その時はコルヒチンという成分を覚えてモンハンで麻痺弾を撃つときに良く分からずに「コルヒチン!コルヒチン!」ってチャットしてました。毒弾のが正しいのかな(反省)。だったらテトロドトキシンとかパリトキシンだわな。厨二病お疲れ様です。

 

入学式、オリエンテーション

もう本当にドキドキ。勉強ついて行けるかなぁ。友達できるかなぁ。卒業できるかなぁ。薬剤師なれるかなぁ。不安でいっぱいでした。

オリエンテーションでは大学の教授達が自分たちの大学が歴史があっていかに素晴らしいかを語っていました。国立大学を蹴って我が校に入学した人もいます、と教授が誇らしげに言っていたのが印象的でした。

それ、俺のことや(他は知らんけど)。

 

カリキュラム

ドン引き。薬学部あるあるだけど、オリエンテーションのあとで6年間のカリキュラムなんかをまとめた資料が配られると思うけど、見たらドン引きすると思う。単位選択の余地なんかほとんどなく6年最後まで埋まってるんだもん。中ボスは4年に待ち受けるCBTとOSCE。そしてラスボス、卒業試験と国家試験。

大学受験が終わって浮かれていたのも束の間、薬学に入ったら最初の週で「あ、これは大変なところに来てしまった」と実感する。

 

そして始まる1年前期

カリキュラムでドン引きしてるとこ申し訳ないけど講義はすぐに始まる。

 数学、英語、化学、生物と最初はまじで高校の延長みたいな感じだよね。

大学1年のときは薬学部もちょっとだけ選択科目があったよ。僕の大学はFランク大学らしくギャグのような選択科目が多かったな。

読書感想文を書いて単位が貰える文学とか映画鑑賞で単位が貰える社会学とか。ドイツ語はテストありだから人気なかったね。

 

グループワーク

大学っぽくグループワークもちらほらあったよ。

早期体験学習とか言って、大学1年から薬局や病院、保健所に見学に行った。見学に行く前にグループで注目する部分や質問内容を決めたりした。

他には糖質、脂質、アミノ酸、ビタミンとかについて3人1組のグループに別れて調べて発表ってのがあった。僕のグループの二人は非協力的かつ低能力だったので僕が一人で資料作成したよ。せめて発表はしろと言って二人に発表させたけど、調べてもない人が当日に発表なんてできるわけなく酷い発表になってしまった。そこは僕が甘かった。資料が良かったのと質問は僕が全て答えたので成績は良かったよ。

 

僕からのoutstandingアドバイス

もしグループワークに非協力的な人がいたら、何もさせなくて良いよ。資料作成から発表まで全部自分でやろう。ちょっぴりムカつくかもしれないけど、自分で全部やった方が最終的な満足度は大きいよ。

ついでに非協力的な人達とは大学生活での関係はそっ閉じしよう。それで6年間困ったことなかったよ。

 

情報学習

 大学1年のとき、情報リテラシーの講義でパソコンの使い方を勉強したよ。ワード、パワーポイント、エクセル、ケムドロー(化学式用のソフト)をそれぞれやって、講義の最後に生薬について調べて、スライド作成、プレゼンで最終的に評価された。

生薬だったのは、情報担当の先生が生薬学教室の先生だったから、だろうね。

みんな大体は漢方とか、生薬を使ったハーブティーとかをインターネットで調べて紹介していたよ。

 

しかし僕は予期せずしてここでoutstandingぶりを発揮することになる。

 

僕が担当した生薬はケシ。

ケシと言えば、アヘン。アヘンと言えばモルヒネ。よし、プレゼンの内容はモルヒネの全合成だ、と言う事で有機化学の教授にモルヒネの合成について尋ねたところ論文を渡してくれた。

 

 東京大学薬学部(当時)の福山透先生の最新の全合成だった。

 

僕はこれを早速英訳し、当然さっぱりわからない(まだSn2反応すら習っていない)ので有機化学の先生に教えてもらいながら、なんとかスライドが完成した。

 

与えられた発表時間は五分だったが僕は一人で9分も発表してしまった。僕は発表をやりきって大変満足であったが、今考えると時間オーバーはプレゼンとしては最悪である。

 

僕の発表を聞いた同級生教員共にポカーンである。生薬の教授が感想を一言。

 

「君はもう研究室決まったね」

 

僕からのoutstandingアドバイス

プレゼンの機会があったら論文を紹介しよう。内容がさっぱりわからないかもしれないけど、根気よく英訳して先生に教えてもらおう。プレゼン時間は絶対厳守だぞ。

 

 

1年後期

前期に色々あったからね、誰とも会話せずひたすら学校行って帰ってくる日々を送ったよ。人の顔を見るのも怖かった。グループワークで会話しないといけない時は動悸と脂汗が大変だった。だけど大学にだけは休まず行った。臥薪嘗胆、やることやってればいずれ花ひらく。

人間関係がうまくいってないって案外誰にも言えないよね。当然親には言えなかった。

 

独りで苦しみながらも勉強して1年の単位は取りこぼしなく進級決定。(独りと言っても僕には親友のクマのぬいぐるみがいたけどね。)

その後のブラック研究生活や大学院なんて屁でもないくらい、人生で最も辛い日々だったよ。

 

そして大学2年生へ

大学2年からは研究室に入ることにしたけど、研究で忙しくなることへの不安より大学の居場所が欲しかったのだろうね。結果として大学生活は上手くいってないのに大学にいる時間は人1倍長いという不思議な状況に。研究室では先輩達が優しくしてくれてとても救われた。

 

そして僕はスーパー薬学生へと成長するのであった(適当)。

 

 

僕からのoutstandingアドバイス

例え人間関係につまずいても大学には休まず行こう。大学生活が上手く行かないと大学を休みがちになったりするかもしれない。逆に僕は研究室に所属して人の2倍以上大学にいる事にしたから今がある。それがつまりoutstandingってことだね。

 

人間関係の修復を悩むより、環境を変えよう!

周りから疎外されても気にしないで、自分とウマが合う人は必ず何処かにいるもんさ。

 

 

ーーー

こんな感じで僕の大学1年は終わりましたとさ。

大学デビューどころか絶望失望、最低最悪のスタートだったけどきちんと大学行ったのはエライよね。大学には変な人(僕も含めて)が必ずいるからさ、人間関係で無理に悩むより環境を変えると良いよ。