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86年代以降生まれは絶望的に「劣化」しているらしい

また先日、面白い記事を見つけました。

 

社会学者の宮台真司氏が、86年代以降世代の「劣化」を指摘と言う記事です。

 

87年生まれの僕は、絶望的に劣化した?世代のトップランナーを走っています。”絶望的”に「劣化」なんて言われているので、言葉のキツさに驚くと共に、なんぞやと言うことで内容を読みました。まぁ、「これだからゆとりは」なんて言って嘲笑している中年世代は、やっぱりそう言うのが好物なんでしょうかね。内容はツッコミどころ満載で、意味不明だったんですけど、今回はそのことについて書きます。

 

news.livedoor.com

 

 

「86年生まれ」と、それ以下の「86年以降生まれ」は大きく違う。

 

86年生まれは5~7年で社会がガラリと変わる感覚を持つのに対して、86年以降生まれは「社会がずっとこのまま続く」という感覚を持っているから。

 

その理由は、、、

 

だって86年生まれまでは阪神・淡路大震災とか地下鉄サリン事件とかあったじゃん。それ以降は平成不況で変化が貧しくなったから、らしい。

 

86年以降は不況で社会の変化が貧しくなった、というのは良いけど、大震災とか地下鉄サリン事件を変化の例とする意味がわからない。世界貿易センタービルのテロとか、イラク戦争東日本大震災とかとかとか、そういう系はそれ以降もたくさんあったんですけど。

 

 

そして次に、「若者の劣化」の具体例

 

「性体験のない若者が増えた」こと

 

その理由は、ネットコミュニケーションの普及により「他人にどう思われるか」「仲間はずれ」を恐れ、異性との恋愛より同性との付き合いを優先するため。不安が勝つから恋愛も同性仲間との付き合いも、上辺だけ。

 

おかしい。いや、半分正解で半分デタラメだ。

 

ネットコミュニケーションの普及で、それによる不安が増したのは間違いない。

 

 

 

ちょっと話が逸れるけど、僕もネットコミュニケーションの被害者だ。大学1年のとき、ヒステリックな女子がクラス全体に僕が「ストーカー」だ、と拡散した。こういうことが本当にある。会ったことも、話したこともない人から、そういうフィルターに掛けられるのだ。

 

この事に関して、今の高校生、大学生の諸君に言いたいことがある。

 

自分と会ったことも、話したこともないヤツが、ネットコミュニケーションの情報だけで判断し、「仲間はずれ」にしてくるような人間であれば、本当に取るに足らない、つまらない奴だ。人生に置いて、もっとも必要ない人種。断言できる。

 

もし、間違った情報が拡散して仲間はずれにされて、今、辛くても、その間違った情報を発信した人間はいずれボロが出て信用を失う。本当に信頼できるやつは、きちんと君の話を聞いてくれる。ネットで情報が拡散することも、それを恐れることも、それを信じて仲間はずれにするような奴らに、自分から無理に歩み寄る必要など微塵もないのだ。

 

現に僕は、研究室で素晴らしい仲間、先輩、後輩を持ったし、大学院ではたくさんの後輩に慕われた。そして、オックスフォードに来て、今尚、素晴らしい仲間が増え続けている。

 

さて、本題に戻ろう。

 

宮台氏はネットでの不安が勝つから、上辺だけの付き合いになると述べている。絵文字やスタンプがこれを加速させる。彼氏、彼女を入れ替えてもやりとりが成立して、入れ替えたことにも気づかない。

 

いやいやいや、さすがにそんなデタラメなコミュニケーション取っている人間は地方国立大学にも旧帝大にも居なかった。底辺私立には一部居そうな気がするが、、、しかし、これを「86年以降生まれ」ってしちゃうのは可笑しな話だ。

 

逆に、「上辺だけの付き合い」の層がSNSにより際限なく広がった故に、本当に大切な、きちんとした人間関係を築く余裕がない人が増えた、という指摘ならありかもしれない。いつでも連絡できる時代だからこそ、クソみたいな関係をずるずる引きずってしまうかもしれない。そこは警鐘を鳴らす必要がある。

 

 

 「他者に対して想像力を働かせられない」こと

 

難しい言葉を書き連ねて理解に苦しむのだが、要するに、SNSなどの即時性のコミュニケーションは自分を深く省みることなく、その時の感情を周りに発信してしまう。受け手も他人の感情など深く理解することなく、他人を叩くことに躍起になるといったところか。自分で自分を十分に考えなくなった時代だからこそ、他人に対して想像することができないって意味なら、賛成する。でも、専門家が一般に向けて記事を書くなら、一般人が理解できない言葉を並べるのは如何なものかと。

 

 

「先行世代のやり方は暗記してしまえ」

 

正直、ここが一番面白かった。宮台氏がインフルエンザに罹患した疑いで、講義の休講を”偶然通りかかったゼミ生”に伝えた。そのゼミ生が当然、他の生徒に伝えるだろうと思ったら、「伝えろと言われなかったので」伝えていなかったらしい。

いや、先生、普通に仕事休むなら、先生自身がきちんと連絡しなければダメです。それとも「他者に対する想像力」のプロの先生は「86年生まれ以降」が異質すぎて、想像の範疇を超えていたんでしょうか。想像とは、もっと柔軟なもののように感じるんですけどね、、、。

 

 

次に、冷房が故障して暑かったから100人に向かって「窓を開けろ」と叫んだらしい。状況が不透明だが、誰も窓を開けなかったのだろうか。最前列の学生は「誰も開けないから」開けなかったということは、多分そういうことだと思う。普通に考えて、先生が窓を開けろと叫んだら、みんなすぐに開けますよ。もし、これが本当なら先生の声が小さすぎるか、先生の講義がつまらなくてほとんどの人が聞いていないか、学生にめちゃくちゃ嫌われているかでしょう。 

 

「学問の基本は武道や演舞と同じ」

 

ここは正論だと思う。やはり言葉が難しいけど。

 

 

 

まとめると、86年以降生まれは、経済不況が続いて変化に乏しい社会で育ってきたので、コミュニケーションの変化も同様に貧しくなっているのではないか。今の若者は、SNSなどで上辺だけの関係の層が広がった故に、しっかりとした人間関係を構築できていない危険性がある。即効性のコミュニケーションの発達は自分を省みる機会をなくし、それは、他人の状況を深く理解する能力の低下を招いている。これらの要因から思考力のないものが、ルールやマナーを「何の意味があるのか」と問う。それは浅はかである。ルールやマナーを一人前に身につけて、初めてその意味が考えられるようになると心得よ。こうした基本がなっていない86年以降生まれに「劣化」を感じる。

 

どうですか、なかなか秀逸なまとめじゃないですかね。こう書くと、宮台氏の言いたいことがちょっと理解できた気がします。

 

 

おまけ

 

 

そもそも86年以降生まれって86年も含みますよね、、、。 86年生まれと、86年以降生まれって、日本語がおかしい?僕が間違ってるのかな?

 

まぁ、世代はクリアカットできないということで、どっちでもいいんですけどね。