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もう耐えられない!底辺私立薬学に入学、1年前期で大学生活崩壊!?【伊予柑の進路相談シリーズ第7回】

 以前にちょっとだけ、学部時代は周りとうまくやっていけずに辛かったという事を書いたんですけど、今回はそのことについて書いてみようと思います。あれからもう11年が経過するので、そろそろ時効かなー、なんて。まぁ、底辺私立だったからこそ起こった悲劇には間違いない(会話が噛み合わない)ので進路相談シリーズに入れときます。

 

 

まずは、なぜ大学生活が崩壊したのか。

 

チューターが悪かった、この一言に尽きます。

 

チューターというのは、大学に入学した段階で全員が各研究室に配属されて、生活指導や教育指導を行う少人数の集団のことです。正確なチューターの意味は、それを担う指導員のことみたいですけど。

 

とにかく、このチューターというのは、大学3年で研究室に配属されるまでは学校生活において絶対の場となります。グループ学習や実習がチューター単位で行われたり、先輩の過去問などもチューターの人からまわって来ることが多いと思います。

 

つまり、まずはチューターで友達ができ、そこから友達の輪が広がる、楽しい大学生活の最も最初の、基本となるものがチューターなのです!

 

さて、僕は1年前期の終わり、あることがきっかけでチューターのみならず、他の同級生すべてと絶縁しました。ただ最初に、僕とチューターのメンバーのどっちか一方が悪くて絶縁したわけではないって事だけ言っておきます。

 

 

それでは、大学生活崩壊の話、いってみよう!

 

チューターのメンバーは12人くらいだったと思う。男6人、女6人だったかな。ちょっと記憶が曖昧、なんせ絶縁してからはほとんど話してないからね。

 

僕は冴えない男3人組でいつも行動していた。一人をA、もう一人をBとしよう。

 

Aは勉強できなかったけど、お金持ちですごくいい奴。テスト前や前期の再試の勉強を教えたときはステーキを奢ってくれたりした。僕はAの事は全く嫌いじゃない。チューターと絶縁しなければ、今でも良い友達だったに違いない。

 

Bは、キチガイサイコパスはっきり言って地雷だった。彼は工業高校出身で底辺私立薬学部に入るために相当な苦労をしたらしく、僕のように普通科でろくに勉強しなかったから底辺私立に来てしまった、というスタンスが大嫌いだった。彼は、勉強はもちろんできないけど、留年するようなレベルではなかった。しかし、勉強に対する意欲は全くなかった。楽して卒業する事だけを考えているような奴。それ自体は悪いことではないが、楽して単位を取るために僕が有効だったから、前期の間は一緒にいたのだろうと思う。そんな彼の口癖は「不幸自慢だったら負けんよ?」だった。こいつが今、薬剤師をしていると思うと、、、、、、、ヒェッ。

 

こう言った環境でスタートした大学生活で、それが崩壊するまでには、いくつかのステップを踏んでいった。

 

 

 まず最初は、Bの話。

Bは最初から心底、僕のことが嫌いだったのだろう。ある時、こんなことがあった。

 

授業の間の教室移動の時に僕が口笛を吹いていると

 

「口笛やめろ!俺、前に嫌いだった奴がいっつも口笛吹きよったけん嫌いなんよ」

 

言っている意味がよくわからなかったけど、嫌だと言われたので口笛はやめた。僕はそれ以来、口笛を吹かなくなった。これによって、口笛は人に不快感を与えるものだと認識するようになった。今、オックスフォードの仲間が普通に口笛を吹いているのを聞くと、Bがキチガイちょっと変わってただけだな、と改めて思う。この時、僕はまだ人を嫌いになる、ということがわからなかったのでBとも仲良くしているつもりだった。

 

 

 次は、チューター別のグループ学習の話。僕とAとBのいつもの3人でグループを組んで、課題を仕上げることになった。テーマは確か、脂質について、だったと思う。

 

しかし、このグループ学習は僕の心に大きな歪みを招いた。なぜなら、AもBもやる気が恐ろしいほど全くなかったからだ。毎週、グループで集まるたびに僕が調べたこと以外、二人はいつも何もしてこなかった。僕が「こうしようと思う」と言うと、Aは「わからないから、任せた」、Bは「俺は知らんよ」と言った感じだ。グループ学習の内容はチューター内で発表することになっており、期限ギリギリまで頑張って僕は一人で資料を作り、なんとか発表に間に合った。評価は優だった。しかし、グループだったので、AとBが同様に優の成績をもらっていると思うと、ちょっと虚しくなった。これが心の歪みとなった。

 

 

 三つ目は、新しい人物、M子が登場する。

M子は僕が最初にチューターの中で良いな、と思っている女の子だった。

 

ある時、M子に勉強を一緒にしようってメールを送った。しかし、これは完全に僕の過ち。高校であまり女の子と話したことがなかったので、なんて話しかけたら良いのかわからず、悩んだ挙句、学内メールで勉強を持ちかけたのだ。これは相当にキモい。引かれるのも当然だ。

ところが、このM子、ちょっと様子がおかしい。メールを送って以来、廊下で僕とすれ違う時すら、誰から見てもわかるほどに僕を避けて通るのだ。授業で何かの説明を横一列に並んで聞いている時、たまたま近くに僕がいると、列の端まで避ける。明らかなオーバーリアクション。それだけに留まらず、M子はチューター全員に「僕がストーカーだ」と言いふらしたようだ。ようだって言うのは、僕は直接聞いていないのでわからないが、その2年後に、全く別の友人から「ストーカーっていう噂が広がってたけど、話したら全然違うじゃん!」って言われたので、多分そうなんだと思う。

 

さぁ、これでかなり、チューターとうまくやっていけない要素が出揃ってきたぞ。

 

 

 トドメの一撃は、やはりBだった。

 

前期試験も終え、グループ学習の発表も無事に終わり、平和な夏休みが始まっていた。その時、僕はまだBと友達だと思っていたのでBに、

 

「夏休みだし、どっか遊びに行こうよ」ってメールした。

 

彼の返事はこうだ。

 

 

「友達みたいに連絡せんで、友達じゃないんだから」

 

 

 これは、、、、、、、。

 

これには、心が砕けた。友達だと思って、グループ学習とか頑張って仕上げて、やっと迎えた夏休み、、、だったはずなのに。歪みがかかっていた心に、大きな力が加えられ、粉々になったのだ。

 

理解に苦しんだ。グループ学習をやっている時は、そういう事を一言も言わなかったのに、グループ学習の発表が終わった直後のメールがこれだったからだ。

 

この時ばっかりは人生で最大に落ち込んだ。そして、この理解できない状況をなんとか理解するために、なにより自分が正常な状態に戻るために、僕はある極論に達した。

 

 

「そうか、ここは底辺私立だから、みんな僕よりバカなんだ。バカしかいないんだ。そんなバカ達と一緒にいても、僕は足を引っ張られるだけだ。僕の能力を利用されるのは御免だ。それに、僕は薬剤師になるために大学に来た。周りがバカしかいないから薬剤師になれなかったって言い訳にはならない。周りは僕よりバカなんだから、国家試験だって一人で合格できるはず。」

 

 

もう、バカな同級生達と絶縁しよう。

 

  

こう強く思い込むことで、なんとか大学1年の後期からも大学を休む事なく通うことができた。その後、大学3年になるまでチューターはおろか、同級生ともほとんど会話することはなかった。そして、極度の人間不信に陥った。とにかく、非道な極論を打ち立て、自分を奮いたたせ、僕は薬学部をストレートで卒業し、薬剤師国家試験にも合格した。人間不信が回復していった話は、またどこかでする。

 

 

 後日談、、、

 

大学4年のある時、たまたまAとAの彼女と話す機会があった。

 

Aが僕に言った。

 

「久しぶり」

 

「知らないと思うけど、君がうちのチューターを離れてから本当に色々なことがあったよ」

 

「M子はヒステリーで、その後〇〇や△△とも問題起こして大変だった」

 

 

Aの彼女も僕に言った。

 

「私たちが間違ってた、君は悪くなかったんだね」

 

 

僕はそれに一言だけ答えた。

 

「そうなんだ、、、」

 

 

 

第8回

 

 未定。増えればリンクします。

 

第6回

僕はなぜオックスフォード大学に来たのか【伊予柑の進路相談シリーズ第6回】 - ドラッグストアでポテチ売ろうと思ったら!